箱根八里 街道観光

2018.12.10 更新

箱根の山は天下の険(けん)

楽しみながら、『箱根八里』を歩いてみませんか

『箱根八里』は、箱根峠を境に小田原、箱根側の『東坂』と三島側の
『西坂』に分かれており、それぞれに特色ある自然景観や杉並木・
石畳などの史跡が残されています。

箱根八里の豆知識

なんだ坂 こんな坂 どんな坂 ~箱根八里の坂物語り~

 箱根八里の旧街道にはたくさんの坂があり、それぞれにユニークな名称がつけられています。たとえば東坂の「女ころばし坂」や「猿滑りの坂」など急な坂の様子をそのまま呼び名にあてたものが数多く見受けられる一方、日本三大討入の一つで有名な曽我兄弟の曽我五郎が大石を試し斬りしたと伝わる「割石坂」など伝承に基づくものも。
 同様に西坂の「下長坂」は、別名を「こわめし坂」と呼ばれ、『こわめし(蒸しごはん)を食べないと登れない』または『背負った米が汗と熱でこわめしになった』と言われるほどの急坂や、「牛が転がった(臼を転がした)」ことからその名のついたといわれる「臼転坂」など往時のエピソードがちりばめられたユニークな名の坂を歩いてみるのも一興です。

小田原宿

箱根八里の魅力

 江戸から二十里二十町のところにある小田原は、江戸を出て最初の城下町です。
天下の険、箱根の山が控えていたためか、本陣が四軒、脇本陣が四軒、そして旅籠屋は九十五軒を数え、五十三次の宿場の中でも有数の賑わいを誇っていました。
近代以降は、さまざまな文学作品の舞台となったことでも知られています。
小田原城をはじめ見どころも多いです。

●小田原城(小田原城跡公園)
  室町時代に大森氏の築いた山城が前身で、その後戦国大名小田原北条氏の居城となってから、関東支配の中心拠点として発展しました。
 昭和35年に復興した天守閣は、三層四階の複合式になっており、四階の展望室から望む房総半島や伊豆半島は絶景です。



 

箱根宿

箱根八里の魅力

 元和四年(一六一八年)、西国大名の要請により、箱根峠越えの労苦を緩和するために、小田原、三島の両宿から各五〇軒ずつを芦ノ湖畔に移住させて新しく設置された宿場です。
宿場の規模はそれほど大きくはなかったものの、本陣は六件を数え、東海道中でも最多を誇りました。
街道位置の難所として旅人を苦しめた箱根路も、今は美しい自然とともに、箱根駅伝などでも人々に親しまれています。

●箱根関所
  その目的は諸大名の謀反を防ぐため。開門は明け六つ(午前6時)から暮れ六つ(午後6時)で、それ以外は公用を除いては
 どんな火急の場合でも通ることはできませんでした。

●甘酒茶屋
  弥次さん喜多さんも寄ったという甘酒茶屋。麹だけで作る甘酒の味は最高。いつも賑わいを見せています。
 
 

三島宿

箱根八里の魅力

 三嶋大社の門前町として、箱根峠を東に控える宿場まち。宿に着くと、旅人は無事に箱根を越した“山祝い”をしたといいます。また三島はもともと伊豆の国府があったところで、ここから下田街道が出ていました。現在、宿場のあった辺りは繁華街として開発が進んでいます。
 また「富士の白雪やノーエ」の農兵(ノーエ)節でも知られた三島は、まちのあちこちで富士の湧水が流れ、水辺をゆったり散策したいところでもあります。

●三嶋大社
  東海道に面し、下田街道の起点にあったことから、昔から三嶋大明神は伊豆の一宮として広く崇められていました。創建の時は不明ですが、大山祗命と事代主命をまつり、
 社殿は総欅の権現造り。 源頼朝が源氏再興を祈願し旗揚げをしたことは有名で、頼朝にまつわる逸話や歴史的資料も数多くあります。

●三島スカイウォーク
  全長400m、高さ70.6mの大吊り橋。歩行者専用吊り橋としては日本一の長さを誇ります。

●山中城跡公園
  山中城は、戦国時代末期の永禄年間(1560年代)に、小田原に本城をおいた北条氏が築城しました。天正18年(1590年)3月29日、4万の豊臣秀吉軍の総攻撃を受け、
 わずか半日で落城したと伝えられています。400年前の遺構をそのままに、石を使わない土だけの山城は全国的にも非常に珍しく、国の史跡に指定されています
 
もっと詳しく知りたい方はこちら
箱根八里街道観光推進協議会 サイト 
主催  箱根八里街道観光推進協議会
事務局 三島市商工観光課観光政策室
TEL 053-983-2656
HP https://www.hakone8ri.com/
 

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